インドネシアで知っておきたい狂犬病
動物に噛まれた後の正しい対応

旅行先で犬に近づいたところ、突然足を噛まれた。

観光地の猿に食べ物を取られ、その際に手を引っかかれた。

ホテルで飼われている猫や犬に甘噛みされた。

インドネシアで生活していると、このような場面は決して珍しくありません。

傷が小さかったり、出血がなかったりすると、

「この程度なら大丈夫だろう」
「飼い犬だから問題ないだろう」
「痛くないので、病院に行かなくてもよいだろう」

と考えてしまいがちです。

しかし、狂犬病については、傷の大きさだけで安全かどうかを判断してはいけません。
狂犬病は、発症してから治療する病気ではなく、発症する前に確実に予防しなければならない病気だからです。

狂犬病ってどんな病気?

狂犬病は、狂犬病ウイルスに感染した哺乳類の唾液から人へ感染する病気です。
多くは犬による咬傷ですが、猫、猿、コウモリなど、ほかの哺乳類から感染する可能性もあります。

インドネシアでは現在も、複数の州で狂犬病が問題となっています。
WHOとFAOは、インドネシアには狂犬病の流行地域が複数存在し、2024年時点で26州が狂犬病の流行州と報告しています。

つまり、狂犬病は過去の病気ではありません。
ジャカルタなど都市部で生活していても、バリ、ロンボク、フローレス、スンバ、コモド周辺、カリマンタン、スラウェシなどへ旅行する場合には、動物との接触リスクを意識する必要があります

なぜ狂犬病は恐ろしいのですか

狂犬病ウイルスは、傷口から侵入した後、末梢神経を通って脳や脊髄へ移動します。

最初から高熱やけいれんが起こるわけではありません。
咬まれてから症状が出るまでの「潜伏期間」があるため、その間は本人も通常どおり生活できることがあります。

WHOによると、潜伏期間は一般的に2~3か月ですが、約1週間から1年以上まで幅があります
傷の位置、傷の深さ、侵入したウイルス量などによって変わります。
顔、頭、首、手指など、神経が多い場所や脳に近い場所の咬傷では、より注意が必要です。

そして、ウイルスが中枢神経に到達し、狂犬病の症状が現れると、救命は極めて困難です。

WHOは、臨床症状が出現した狂犬病は、事実上100%致死的であるとしています。

しかし重要なのは、狂犬病は適切な暴露後予防を症状が出る前に行えば、ほぼ確実に予防できるということです。

噛まれた後には、どのような症状が出ますか

初期症状

  • 発熱
  • 頭痛
  • 倦怠感
  • 吐き気
  • 不安感
  • 噛まれた場所の痛み、しびれ、かゆみ

②進行した場合

  • 強い興奮や混乱
  • 幻覚、けいれん
  • 唾液が増える
  • 飲み込みにくい
  • 水を飲もうとするとけいれんする「恐水症」
  • 手足の麻痺
  • 呼吸困難
  • 意識障害

狂犬病には、興奮や恐水症が目立つ「狂躁型」と、手足の麻痺が徐々に広がる「麻痺型」があります。

麻痺型は全体の約20%を占めますが、ギラン・バレー症候群やほかの神経疾患と間違われることがあり、診断が遅れる原因になります。

ただし、これらの症状が出るのを待ってはいけません。 狂犬病の対応で最も重要なのは、症状が出る前、つまり噛まれた直後に行動することです。

動物に噛まれた・引っかかれたときの対応

犬・猫・猿・コウモリなどに噛まれた/引っかかれた/傷を舐められた

                    ↓

①石けんと流水で15分以上洗う
(狂犬病ウイルスは傷口に付着した唾液から侵入するため、早期の洗浄によってウイルス量を減らすことができます。)

                    ↓

②可能であれば消毒する
(洗浄後にポビドンヨードなどのヨード系消毒薬を使用します。)

                    ↓

③傷が小さくても、出血がなくても医療機関へ
(出血がないから安全とは限りません。)

                    ↓

④医師が傷の状態・動物・接種歴を確認
(ワクチンの接種方法や回数は、採用される接種法、過去の狂犬病ワクチン接種歴、免疫状態などによって異なります。)

                    ↓

必要に応じて

狂犬病ワクチン

免疫グロブリン

破傷風ワクチン

抗菌薬

                    ↓

⑤指定されたワクチン日程を最後まで完了


覚えておきたい3つの行動:洗う・受診する・ワクチンを完了する

傷口にコーヒー粉、唐辛子、ハーブ、歯磨き粉などを塗る民間療法は行わないでください。

よくある質問

Q.出血していなくても受診は必要ですか?

A.必要です。
出血がなくても、皮膚に小さな傷があれば感染の可能性があります。軽い引っかき傷や甘噛みでも、狂犬病ワクチンが必要になる場合があります。

Q.舐められただけでも危険ですか?

A.健康な皮膚を舐められただけなら、通常は問題ありません。
ただし、次の場合は受診が必要です。
・傷や湿疹のある皮膚を舐められた
・目、口、鼻に唾液が入った
・唾液が傷口に付着した

Q.飼い犬やホテルの動物なら大丈夫ですか?

A.必ずしも安全とは限りません。
見た目が元気でも、狂犬病を完全には否定できません。
また、「ワクチン接種済み」と言われても、接種記録が確認できないことがあります。
自己判断で様子を見ず、医療機関へ相談してください。

Q.噛まれてから数日経っています。今からでも間に合いますか?

A.症状が出ていなければ、予防処置を開始できる可能性があります。
狂犬病は、噛まれてから数週間から数か月後に発症することがあります。
数日経っていても、できるだけ早く受診してください。

Q.以前、狂犬病ワクチンを受けています。受診は不要ですか?

A.受診は必要です。
過去にワクチンを受けていても、傷の洗浄と追加ワクチンが必要です。
ただし、未接種者より接種回数が少なく、通常は免疫グロブリンが不要となります。
接種記録があれば、受診時に持参してください。

狂犬病を予防するためにできること

①知らない動物に触れない
子どもは動物に顔を近づけることが多く、噛まれても保護者に言わないことがあります。WHOによると、世界の狂犬病死亡者の約40%は15歳未満の子どもです。
旅行や外遊びの後には、子どもの手足に小さな傷がないか確認し、「犬や猫、猿に触らなかったか」を聞くことも大切です。


②ペットには狂犬病ワクチンを接種する
犬への集団ワクチン接種は、人の狂犬病死亡を防ぐうえで最も費用対効果の高い対策です。
WHOとFAOは、犬のワクチン接種率を継続して約70%以上に保つことが、犬由来の狂犬病を制御するために重要としています。
バリで行われた研究でも、犬の集団ワクチン接種を中心とする対策が、狂犬病排除のために重要であることが示されています。バリでは2008年に犬の狂犬病流行が始まり、100人を超える人が死亡したと報告されています。
ペットを飼っている場合は、ワクチン接種記録を確認し、放し飼いを避け、野生動物や野良犬との接触を防ぎましょう。


③暴露前ワクチン
暴露前ワクチンを受けていても、噛まれた後の傷の洗浄と追加ワクチンは必要です。
「事前にワクチンを受けたから、噛まれても何もしなくてよい」ということではありません。

まとめ

最も危険なのは「様子を見ること」です

WHOが報告したインドネシアの死亡例では、2023年以降に狂犬病で死亡した人の約5人に4人が、動物に噛まれた後に医療機関を受診していませんでした。その背景には、傷が軽いと思った、狂犬病の危険性を知らなかったなどの事情があるとされています。

狂犬病では、「動物が元気そうだった」、「傷が小さかった」、「血が出なかった」、「数日経っても体調に変化がない」という理由で安全とは判断できません。

咬まれてから症状が出るまで元気であることは、狂犬病を否定する根拠にはなりません。

反対に、傷をすぐに洗い、適切なワクチンと必要に応じた免疫グロブリンを受ければ、発症を防ぐことができます。

<覚えておきたい3つの行動>
動物に噛まれた、引っかかれた、傷を舐められた場合は、次の3点を覚えておいてください。

1.石けんと流水で15分以上洗う

2.傷の大小にかかわらず、できるだけ早く医療機関へ行く

3.医師から指示されたワクチン接種を最後まで完了する


狂犬病は、発症するとほぼ救命できません。

しかし、噛まれた後に迅速で正しい行動を取れば、予防できる病気です。 インドネシアで生活する本人だけでなく、家族、特に子どもにも「動物に噛まれたり引っかかれたりしたら、必ずすぐに大人へ伝える」ことを繰り返し教えておきましょう。